
名前を呼ばれた夜
踊るのをやめた大人が、昔の名前で呼び戻される
第1話は、山場まで登録なしで読めます
土曜の深夜、日の出通りのアーケードに四つ打ちが鳴っている。半分はもう二度と開かないシャッターの前に、人の輪ができていた。律はパン屋のシャッターを腰まで上げた隙間から、それを見ている。手の中のチラシは折り目が白くなるまで握られ、裏に太い字で、昔の名前が書いてあった。——リツ。

輪の真ん中で仁が踊っている。観客はシャッターを叩いて拍を取り、鉄の音がアーケードの屋根に跳ね返る。誰かが律を見つけた。「律ちゃん? 出るの?」帰ってきたことも、やめたことも、この町はもう知っている。「見に来ただけ」律はそう言って、隙間を少しだけ広げた。

仁のフレーズが終わった。息ひとつ乱していない。仁は輪の外を見回して、律のシャッターの前で目を止め、指を差した。輪が割れて、道ができる。「シャッターナイトは、二度負けるまで終わらない。一度目、やるか」説明ではなく、挑発だった。八年前と同じ、丸い眼鏡の奥の笑い方だった。

体が動かなかった。八年。朝四時に生地を捏ね、七時に店を開け、夜は子どもより先に眠る。その拍で暮らしてきた体に、深夜の四つ打ちは噛み合わない。頭に浮かんだのは、家で眠っている朔の顔だった。輪の視線が集まる。八拍分の沈黙が、もう始まっている。

律は目を閉じて、観客がシャッターを叩く音を数えた。ドン、ドン、ドン、ドン。四つで一回り。一つ目が、少しだけ重い。仁のステップも同じ四つを踏んでいる。踵で一、爪先で二。拍は言葉だ。分かっていれば、見なくても返せる。律はチラシを畳んでポケットに入れ、ジャージの袖をまくった。
輪の中へ一歩、出る。仁がまた踊り始めた。四つ、踏む。それが呼びかけだ。「なあ。カウントを頼む。一人だと、あたしの拍は遅れる」律は小さく息を吸った。「返すよ」